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なつめやし日記

ムハージルーンとアンサール

Küçük Çamlıca(キュチュク・チャムルジャ)に行ってきました。
小さい丘って意味かな~
イスタンブルのアジア側にある観光地のひとつです。観光客というか現地人ばかりだけど。
キュチュク(小さい)とビュユク(大きい)の2か所あるけど、わたしはビュユク・チャムルジャの方が好き。
だけど今回は友人のリクエストでキュチュク・チャムルジャで。
友人はわたしのシリア人のクラスメイト(ほんとハビーバティ♡)と彼女のお母さん。

この日は寒くて雨、霧もかかってたのだけど、ほんと景色も空気も綺麗!
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晴れてる日は大勢の人でにぎわってるのだけど、雨だとさすがにいないな。
じゃみーるん、じゃみーるん言ってたのだけど、も・もしかしてシリア人も雨が好きなのかな?
(サウジでの愛しい思い出→
マスジドでお祈りした後はカフェへ。
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一緒にいて本当に楽しいけど、考えさせられる。
この家族はシリアでのことを一切語らないのだけど、ふと発していたのをわたしは実は聞いていた。だから分かるよ。
言えないのかも、トルコにいても。密告とかあるっぽいし。
「ねぇ、ワルダにはトルコ人の友達いるの?」
この質問は、留学時代に同級生がよくしてきた質問と似ている。
自分には、いない、というパターンがほとんどだった。(この話→
話していくうちにやっぱり分かったけど、彼女はトルコへ来て4年だけれど、トルコ人の友人は1人もいないらしい。
きっと彼女だけではない。クラスメイトのほとんどは何年もトルコにいるけれどトルコ語を話せない。
これは、そういうこと、だと思うの。

彼女曰く、「だって、トルコ人はシリア人が嫌いだから。」
実は、わたしもそれは時々感じる。勿論そうでない人は大勢いるのだけど。
トルコ人は基本トルコ語しか話せないから、外国人の前で恥ずかしがることもあるのよね。
日本人の英語に対する感じとちょっと似ているかもしれない。
そして勿論シリア人は少なくないので、本当にいろんな人達がいるのも理由のひとつかも。
だからYazık(可哀そう、同情の念)と思って行動はしても、一定の距離以上は近づかない。

トルコは難民を受け入れているし、生活や学習の場も提供したりしている。
トルコ人はシリアへの意識も常にある。本当に素晴らしいと思う。
でもわたしも含めひとりひとりがしなければならないことがまだまだある。

先日SNSでシリア人のために何ができるだろう?と問いかけたところ、
アラブ人の方々からたくさん答えをいただいた。みんな「ドゥアー(アッラーへの祈願)とサダカ(喜捨)」だった。
ドゥアに勝るものはない、と。
ジャザークムッラーフ ハイラー

その通りです。
シリアだけでなく、パレスチナ、イエメン、エジプト、ミャンマー、フィリピンなどなど、他にも様々な国で虐げられている同胞は数多くいて、彼らのためにドゥアするのは当然であるとわたしは考える。
サダカもできる限りしている。(わざわざ言うことではないけれど。アスタグフィルッラー)
これはきっとみんなもしていること、と信じている。
それらをして、かつ何ができるか?

シリアはかつて知識を求めて多くの人々が向かった場所。
知識を求める彼らははまるでムハージルーンだった。
そこでシリア人達はまるでアンサールように温かく迎えたことと想う。
話には聞いていたし、多くのシリア人と接して深く感じる。

シリアにいたかつてのアンサール達は今ムハージルーンだ。

わたしはサウジでもトルコでも、あなたはヒジュラをしてきたよね、と言って助けてもらうこともあった。
今のわたしはアンサールのようにならなければ。
トルコにいても日本にいても、どこにいても。
アッラーが導いてくださいますように。


IslamHouse 諸々の徳の項→
※ムハージルーン・・・マッカでの迫害によりマディーナへ聖遷した人々。
※アンサール・・・マディーナで彼らを受け入れた人々。




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by warda | 2017-01-20 05:12 | トルコお出かけ